| 2007年6月の栃木県日光市の庚申塔調査 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 2007年6月2日(土) 日光市稲荷町 虚空蔵境内 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 昨年秋以来、またしても日光の庚申塔精査のために行きました。今回は、沢山の庚申塔が集まっているが為に、そこの精査は二の足を踏んでいたのですが、思い切って入りました。午後から雨が降り出したために3時で中止せざるを得ませんでしたが、それでも寛文塔6基を精査することが出来ました。なお、ここに掲載した碑塔の中で、交互に手拓の状態で掲載した画像は、あくまでも石文解読のためのと、精査・作図のための手拓を目的としていますので、全体は取っていませんことお断りいたします。それと、手拓のヘタな所はご容赦下さい。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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紀年銘;寛文二壬寅歳 南呂十九日 主銘文;「ウーン 奉侍禮庚申青面金剛攸」「惣衆」「十人」交名 サイズ;(本体)高140.0×下段幅30.0:上段幅24.0×奥30.0cm 猿高12.0cm 日輪直径9.0cm 蓮;高14.0×幅25.5cm ※主銘文に「奉侍禮」と、「侍」とあるのが珍しい。一般には「奉待」となる 場合が多い。「南呂」とは8月の異名。 |
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| 紀年銘;寛文七丁未年 五月十六日(庚申当たり日) 主銘文;「ウーン 奉信禮庚申青面金剛供養攸」「惣衆」「九人」交名 サイズ;(本体)高150.0×下段幅47.0:上段幅44.0×奥25.0cm 猿高12.5cm 日輪直径12.5cm 蓮;高16.0×幅24.0cm ※ここでは、「奉信禮」となっている。 |
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| 紀年銘;寛文六丙午暦 二月上旬 主銘文;「アーンク 青面金剛供養妙塔攸」「敬白」「勤之」交名 サイズ;(本体)高152.0×下段幅47.5:上段幅45.5×奥33.0cm 猿高15.0cm 日輪直径11.5cm 蓮;高23.0×幅37.0cm ※日月輪の間に三星が刻まれている。また、下部にある蓮は見事なデザインである。 |
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| 紀年銘;寛文庚戌天 九月吉日 主銘文;「キリーク 青面金剛供養妙塔攸」「惣衆」「敬白」交名 サイズ;(本体)高130.0×下段幅43.5:上段幅40.0×奥24.0cm 猿高13.0cm 日輪直径11.0cm 蓮;高16.0×幅23.5cm ※紀年銘には、年数字がない。 |
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| 紀年銘;寛文十二年 十月十八日(庚申当たり日) 主銘文;「アーンク 青面金剛供妙塔」[下部埋没] サイズ;(本体)高93.0×下段幅42.0:上段幅24.0×奥40.0cm 猿高24.0cm 日輪直径12.0cm [下部埋没] ※下部が深く埋没しているために見える範囲での調査とする。 |
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| 紀年銘;寛文六丙午年 十月十三日(庚申当たり日) 主銘文;「キリーク 奉信待庚申供養[下部埋没]」 サイズ;(本体)高70.0×下段幅47.0:上段幅47.0×奥23.0cm 猿高11.0cm 日輪直径12.0cm [下部埋没] ※下部が深く埋没しているために見える範囲での調査とする。尚、日月輪の間に三星が見える。 |
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2007年6月10日(日曜) 栃木県日光市本町・八幡神社
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| 雨に触れた庚申塔を、次回のために掃除してきました。ピカピカに磨いたので、早くも手拓するのが楽しみです。今回は、主に画像紹介ですので、銘文等の詳細は掲載しませんが、念のために紀年銘だけは出しておこうと思います。当地の、それまでのこれら庚申塔の状態を知っている人は、必ず笑ってくれるでしょう。こんなにもピカピカに磨かれてしまったのかと。再び、苔が生える前に写真を撮りに行くなら今のうちですゾ! なお、ここへ掲載した以外の寛文銘庚申塔や寛永年間と思われる日光型庚申塔に自然石文字庚申塔等まだまだ当地にはあります。 |
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6月16日(土曜) 日光市稲荷町・虚空蔵と本町・釈迦堂
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| 所在地;日光市稲荷町・虚空蔵 紀年銘;延宝八庚申天九月四日 サイズ;高121.0×幅38.5×奥25.0 猿高16.0cm 主銘文は「マン種子 奉信礼庚申供養攸」 |
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| 所在地;日光市稲荷町・虚空蔵 紀年銘;延宝六戊午年十一月廿三日 サイズ;高143.0×幅43.7×奥29.0 猿高14.5cm 主銘文は「アーンク種子 奉信礼庚申供養處」 |
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| 所在地;日光市本町・釈迦堂入口 紀年銘;明和四丁亥天十月 山口忠兵衛信秀再興之 サイズ;高270.0×幅57.0×奥36.0cm 主銘文は「キリーク種子 南無阿弥陀佛」「三界萬霊 普益廻向」 裏面に、 「施主 陽明院爲現世後生 貞月芙珠爲菩提」「彫建之 快円敬白」 「萬治三庚子年 二月十五日」とある。 |
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| 2007年6月23日(土) 日光市稲荷町・虚空蔵&稲荷神社 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 所在地;日光市稲荷町 虚空蔵 紀年銘;正保二乙酉年 □秋吉祥日(1645) サイズ;高134.0×幅46.0×於k27.5cm 詳細は、ここをクリックして下さい。拡大画像とその精査が見られます。 |
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| 所在地;日光市稲荷町 虚空蔵 紀年銘;慶安元戊子 中冬吉祥日(1648) サイズ;高113.5×幅46.5×奥27.0cm 「汝等所行是菩薩道」「漸々修学悉當成佛」「梵字 ア バン ウン」その他交名もあるが、詳細は省略です。 ※上部に居るはずの拝侍二猿像は、削り取られた痕が認められます。 |
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| 所在地;日光市稲荷町 虚空蔵 紀年銘;不明 サイズ;高92.0×幅39.0×奥23.0cm どこを探しても紀年銘がない!。日光型庚申塔としての要件を備えているだけに悔しくて探したが、どうしても紀年銘が出てこなかった。延宝年間を下ることはないと推定される庚申塔だけに残念である。 なお、ここには台座に乗った大きな宝珠がある。日光型にみる庚申塔の宝珠としては見事で、宝珠の重要さを見事に表している。また、種子もマン(文殊菩薩)を使用しているなど、眺めれば眺めるほどに紀年銘が出てこない悔しさに泣く。 ※その後、この庚申塔の紀年銘は意地で解読しました。 紀年銘は、「□時貞享三年 丙寅八月八日」(庚申当たり日)です。 主銘文は「庚申供養處」です。これは書き忘れです。-2007.08.10記- |
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| 所在地;日光市稲荷町 稲荷神社 紀年銘;貞享2乙丑年 霜月吉祥日(1685) サイズ;高102.0×幅42.5×奥21.0cm これも日光型庚申塔の要件を完璧に備えたものである。主銘文は「ウン種子 奉敬禮庚申青面金剛供養攸」とある。 ※私の調べ得た庚申塔資料では、この庚申塔の紀年銘が全て「延宝2年」塔となっている。その訳を、これまでに報告された資料を調べていったら、昭和42年に発行された庚申懇話会発行の「日光庚申塔特集」にあった。それ以後、この庚申塔は私を含めて見ただけでは紀年銘が読みづらいだけに、孫引きからそのまた孫引きへと引き継がれていって、いつのまにか「延宝2年」となってしまっていたことが判明した。もし、これをご覧の皆様の中に、日光の庚申塔資料がありましたら、ぜひもう一度見直してください。 ※この庚申塔(当地の庚申塔の多くに言えること)は下部がコンクリート着けになってしまている。日光型庚申塔に興味ある者にとって、その最下部の蓮華が見えないことは非常に残念なことである。この辺も、日光市教育委員会の無知と指導配慮が足りないことを痛感する。 |
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